岐阜キリシタン小史(64)可児塩・犬山五郎丸のキリシタン摘発と濃尾崩れ

 岐阜県可児市帷子から愛知県犬山市五郎丸へと続く国道41号線沿いは、江戸期に多くの潜伏キリシタンが暮らした地域である。木曽川左岸の段丘と浅い谷が重なり合う地形に広がり、段丘が幾層にも折れ重なり、その間を可児川や小河川が浅い谷を刻むことで、谷ごとに生活圏が分かれ、江戸期には小規模な集落が段丘の縁や谷底に点在していた。深い山間部ではないものの、視界が折れ曲がるような起伏が続き、外部からの目が届きにくい土地柄である。

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主日礼拝メッセージ「私たちの喜びが満ち溢れるため」

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 1章 1-4節
野々垣晶子牧師

1初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言について―― 
2このいのちが現れたので、この永遠のいのちをわたしたちは見て、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告げ知らせるのである。
この永遠のいのちは、父と共にいましたが、今やわたしたちに現れたものである――
3すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。
それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。
わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。
4これを書きおくるのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるためである。 口語訳

主日礼拝メッセージ「復活の希望」2026/04/05

聖書箇所:ヨハネの福音書20章 1-18節
野々垣晶子牧師

イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。
ヨハネによる福音書 20:16 口語訳
4月より笠松教会に着任されました野々垣晶子牧師です。
今後ともよろしくお願いいたします。

野々垣晶子牧師歓迎会・イースター祝会 2026/04/05

待望の専任牧師として4月より着任されました。今後ともよろしくお願いいたします。
優しい語り口調でメッセージを解き明かしてくださいます。
婦人会による讃美コーラスでお祝いしました。
いつもの礼拝堂にてテーブルセッティング
野々垣牧師自ら揚げてくださったフライドポテトや新鮮なサラダ、唐揚げ、フルーツに子どもたちも大喜び☺
(大人も・・・☺)
優しいご主人とともにこれからも笠松教会をよろしくお願いいたします。

主日礼拝メッセージ「涙とともに蒔くものは」2026/03/29

聖書箇所:詩篇126篇1-6節
小林剛男牧師

1.悲しみの涙は喜びのもとになる。

2.苦しくても種を播き続けることが大切。

3.神様に信頼して生きること。それが鍵だということ。

「涙をもって種まく者は、 喜びの声をもって刈り取る。 
種を携え、涙を流して出て行く者は、
束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」
‭‭詩篇‬ ‭126‬:‭5‬-‭6‬ 口語訳‬

本日小林先生、笠松での最後のメッセージとなりました。この二年の間たくさんのみことばの糧で私たちを養っていただきました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

小林剛男牧師 送別会 2026/03/29

いつも素敵な笑顔でお交わりをしていただきました。
お花とともに寄せ書き色紙をお渡ししました。
それぞれに思い出を語っていただきました。
2年間、笑いの中にも真理を静かに鋭く伝えていただきました。感謝!これからもお元気でいてください。