三位一体後第9主日礼拝「救いの確認」2026/08/02

聖書箇所:ヨハネの手紙第一2章 12.-14節
野々垣晶子牧師

12子たちよ。あなたがたにこれを書きおくるのは、御名のゆえに、あなたがたの多くの罪がゆるされたからである。 13父たちよ。あなたがたに書きおくるのは、あなたがたが、初めからいますかたを知ったからである。若者たちよ。あなたがたに書きおくるのは、あなたがたが、悪しき者にうち勝ったからである。 14子供たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが父を知ったからである。父たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが、初めからいますかたを知ったからである。若者たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが強い者であり、神の言があなたがたに宿り、そして、あなたがたが悪しき者にうち勝ったからである。:口語訳

三位一体後第8主日礼拝「互いに愛し合いなさい」2026/07/26

聖書箇所:ヨハネの手紙第一2章 7-11節
野々垣晶子牧師

7愛する者たちよ。わたしがあなたがたに書きおくるのは、新しい戒めではなく、あなたがたが初めから受けていた古い戒めである。その古い戒めとは、あなたがたがすでに聞いた御言である。 8しかも、新しい戒めを、あなたがたに書きおくるのである。そして、それは、彼にとってもあなたがたにとっても、真理なのである。なぜなら、やみは過ぎ去り、まことの光がすでに輝いているからである。 9「光の中にいる」と言いながら、その兄弟を憎む者は、今なお、やみの中にいるのである。 10兄弟を愛する者は、光におるのであって、つまずくことはない。 11兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩くのであって、自分ではどこへ行くのかわからない。やみが彼の目を見えなくしたからである。:口語訳

三位一体後第7主日礼拝メッセージ「神様のうちにあるということ」2026/07/19

聖書箇所:ヨハネの手紙第一2章 3-6節
野々垣晶子牧師

3もし、わたしたちが彼の戒めを守るならば、それによって彼を知っていることを悟るのである。 4「彼を知っている」と言いながら、その戒めを守らない者は、偽り者であって、真理はその人のうちにない。 5しかし、彼の御言を守る者があれば、その人のうちに、神の愛が真に全うされるのである。それによって、わたしたちが彼にあることを知るのである。 6「彼におる」と言う者は、彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである。:口語訳

なかよし村 草刈り隊出動記 2026/07/18

当日は早朝からゲリラ豪雨が発生するなど開始が危ぶまれましたが7:30頃には雨雲も北上して時折青空も覗く中で決行しました。

休憩中に再び雨が降り出すなどで広範囲には対応出来ませんでしたが、深く根をはったスギナなどをせっせと抜いたりしてきました。

帰りにスタッフの方からいただいた色鮮やかな冷たい紫蘇ジュースがたまらなく美味しかったです。ありがとうございました。😀

アフター おつかれさまでした。

毎年恒例の家長会行事が終わり本格的な夏本番を迎えます。
皆様の健康が守られますように。🍉🥒🍅🍆🌽

三位一体後第6主日礼拝メッセージ「大切なのは成長させる神」2026/07/12

聖書箇所:コリント人への手紙第一 3章 4-9節
奥田健一牧師(羽島教会)

4すなわち、ある人は「わたしはパウロに」と言い、ほかの人は「わたしはアポロに」と言っているようでは、あなたがたは普通の人間ではないか。 5アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。 6わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。 7だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。 8植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。 9わたしたちは神の同労者である。あなたがたは神の畑であり、神の建物である。口語訳

キリシタン史学習会 2026/07/04 当日配布資料掲載しました

たくさんのご来場ありがとうございました。

当日配布資料掲載しました カラー版ダウンロード可能です。

当日の様子

東海聖書神学塾塾生 笠松教会実習 2026/07

2026/07/02~2026/07/05

5日礼拝当日には皆さんのお証をお聞きする素晴らしい時を得ました。力と慰めに満ちたお話で感動の涙とともに元気をいただきました。力強い特別讃美も感謝でした。

7月5日 特別讃美新聖歌401 「悲しめる者に」(録音は途中からになります🙇‍♂️)
新聖歌401 「悲しめる者に」
1 悲しめる者に我を遣わし 伝えしめよ汝なが救い
 御心とあらば主よ何処(いずこ)にも 喜びて我は向かわん
 この身この魂を 献(ささげ)まつれば主よ受け入れて
 恵みを取り継ぐ管とし給え 滅びゆく者のために
 
2 小暗(おぐら)き所に我を遣わし 照らさしめよ汝(な)が光
 御言葉によりて息吹き返す 死にかかりし者もあらん
 この身この魂を 献げまつれば主よ受け入れて
 恵みを取り継ぐ管とし給え 滅びゆく者のために

3 色づける畑(はた)は見よ刈り入るる 人の来たるをば待てり
 刈り入れ場に疾(と)く我を遣わし 用い給え我が君よ
 この身この魂を 献げまつれば主よ受け入れて
 恵みを取り継ぐ管とし給え 滅びゆく者のために

4 いかでか我のみ 手をこまねきて
 空しく立ちつくすべき 召さるるをば待ち
 我ここにあり 遣わし給えこの身を
 この身この魂を 献げまつれば主よ受け入れて
 恵みを取り継ぐ管とし給え 滅びゆく者のために

三位一体後第5主日礼拝メッセージ「愛は苛立たず」2026/07/05

聖書箇所:コリント人への手紙第一 13章4~7節
田中道子神学生

4愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。 5不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 
6不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
7そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。:口語訳

三位一体後第4主日礼拝「とりなしてくださる主」2026/06/28

聖書箇所:ヨハネの手紙第一2章1節-2節
野々垣晶子牧師

1わたしの子たちよ。これらのことを書きおくるのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためである。もし、罪を犯す者があれば、父のみもとには、わたしたちのために助け主、すなわち、義なるイエス・キリストがおられる。 2彼は、わたしたちの罪のための、あがないの供え物である。ただ、わたしたちの罪のためばかりではなく、全世界の罪のためである。:口語訳

笠松キリスト教会のごあんない

笠松キリスト教会は、聖書信仰に根ざすプロテスタントの教会です
1957年、今から66年前、ドイツのジャーマン・アライアンス・ミッション(GAM) から派遣された宣教師によって建て上げられ、以来、生ける神さまのみことばをこの地の皆さまにお伝えしてまいりました。
私たちは礼拝や聖書を通して、私たちを造ってくださった神さまの愛と救い主イエスさまの恵みをいただいています。
あなたにもぜひその恵みを受け取っていただきたいと願っています。

主日礼拝 毎週日曜 10:30-11:30 
教会学校 毎週日曜  9:45-10:20 
聖書の学びと祈り会 毎週水曜 19:30-20:30
毎週木曜        10:30-11:30
 (水・木曜日ともにZoom併用)

当教会はバリアフリー対応です。
車椅子ご使用の方もぜひお越しください。駐車場が教会の隣にございます。
当教会はエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。

バリアフリー化されています。車いすで駐車場から移動できます。
スロープ・手すりも設置されています。
玄関には折りたたみ椅子付き手すりも設置
礼拝堂 晴れた日は明るい光も差し込みます。

岐阜キリシタン小史(71) 再び、コンスタンチノのこと②

 前回に続き、尾張のキリシタン黎明期に登場する人物コンスタンチノを取り上げる。今回は、ルイス・フロイスの『日本史』に記されたコンスタンチノの記述について見ていきたいと思う。フロイスの『日本史』については、以前に拙稿「岐阜キリシタン小史」で触れたが、あらためてその概要を整理しておく。

フロイス『日本史』 História de Japam
1. 成立と性格
 フロイス『日本史』は、1560年代から1590年代にかけてフロイスが継続的に執筆した大規模な叙述史料であり、戦国期日本の政治・宗教・社会を宣教師の視点から記録したものである。彼は各地での宣教活動に従事しながら、為政者との接触、仏教諸宗派との論争、地域社会の慣習、信徒共同体の形成などを詳細に観察し、それらを長期にわたり書き留めた。本書は、同時代の日本を比較的近い距離から捉えた点に特徴があり、記述の具体性と量的な豊富さから、戦国期日本研究において不可欠の史料とされている。
2. 全巻構成
『日本史』は、一般に以下のような大きな構成を持つ。
第1部:日本の風俗・宗教・社会の概説
日本の宗教状況(仏教諸宗派の特徴)、社会慣習、政治制度、地域差などを概説する部分。フロイスの日本理解の基礎が示される。
第2部:宣教活動の開始と展開
ザビエル以降の宣教の歩み、各地での布教、信徒の増加、仏教側との論争、領主との関係などを叙述。
第3部:戦国大名との関係
織田信長との接触、安土での活動、信長の宗教政策、京都・畿内の政治情勢などが中心。
第4部:豊臣政権期の動向
秀吉政権下の宗教政策、伴天連追放令、九州の情勢、キリシタン大名の動向など。
第5部:地域別の詳細な記録
九州・畿内・東国など、地域ごとの社会状況や宣教の実態を詳述。
3. 写本の系統
 フロイスはポルトガル語で『日本史』を執筆したが、自筆原稿は現存しない。原本は18世紀までの間に失われたと考えられており、現在伝わるのは複数の写本である。
代表的な写本には次のものがある。
① エヴォラ写本(Évora Manuscript)
 ポルトガルのエヴォラ公共図書館(Biblioteca Pública de Évora)に所蔵される写本で、現存する『日本史』諸写本の中でも最も重要なものの一つである。日本語訳『完訳フロイス日本史』(中央公論社・中央公論新社)は、この写本を主たる底本とし、他の写本とも比較・校訂している。
② ローマ写本(Roman Manuscript)
ローマのイエズス会歴史文書館(Archivum Romanum Societatis Iesu:ARSI)に所蔵される写本。エヴォラ写本と比較すると、、本文に語句の違いや脱落などの異同が認められ、本文校訂の重要な資料となっている。
③ ラテン語訳・抄訳
 17世紀以降、『日本史』の一部はラテン語に翻訳・抄録され、ヨーロッパで利用された。ただし、原著全体を忠実に翻訳したものではないため、本文研究では補助資料として扱われる。
※写本段階での異同が多いため、研究では「どの写本系統に依拠するか」を明示することが重要となる。
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岐阜キリシタン小史(70) 再び、コンスタンチノのこと①

1.はじめに 

 拙稿「岐阜キリシタン小史(17)」では、尾張キリシタン黎明期の人物コンスタンチノを取り上げた。その際は、尾張キリシタン研究の二人の泰斗の著作、森德一郎氏の『尾濃切支丹年表』と横山住雄氏の『尾張と美濃のキリシタン』を参照し、両氏の記述を整理するかたちで紹介した。
 その後、イエズス会の「日本年報」や宣教師書簡、およびフロイス『日本史』を読む機会が増え、これら一次史料に描かれたコンスタンチノ像を、あらためて自分自身の視点で整理してみたいという思いが強くなった。
 洗礼名コンスタンチノ(Constantino)はラテン語の Constantinus に由来し、もともとの意味は「変わらない」「揺るがない」といった安定した性質を表している。そのため、この名は「揺るがぬ人」「忠実な人」「堅固な人」といったイメージを持つ名前として受け継がれてきた。キリスト教の世界では、信仰にしっかり立つ姿勢を象徴する名として親しまれている。
 今回から二回にわたり、宣教師史料に記されたコンスタンチノの姿を紹介していきたい。まず今回は、イエズス会の「日本年報」と宣教師書簡に現れる彼の動向を取り上げる。参照した資料は、同朋舎出版・松田毅一監訳の『十六・七世紀イエズス会日本報告集』(全十五巻)であり、まずはこの報告集に記されたコンスタンチノの記事を抽出するところから始めたい。( )内は引用文に付された補足、[ ]内は本稿筆者による補足である。また、引用文ではコンスタンチノを「コンスタンチイノ」と表記していたため、原文表記をそのまま維持して採録した。

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岐阜キリシタン小史(69)イエズス会文書に見る織田秀信とキリスト教

1.はじめに 

 拙稿「岐阜キリシタン小史 (68) イエズス会文書に見る織田信忠とキリスト教」では、イエズス会の『日本年報』および宣教師書簡を手がかりに、信忠が岐阜において示した信仰の歩みを検討した。
 今回はその続編として、同じくイエズス会文書に記された織田秀信の動向に目を向けたい。信忠と同様、秀信についても断片ながら重要な記述が残されている。
 秀信については、これまでにも幾度となく触れてきた(拙稿 「岐阜キリシタン小史(2)(56)(57)(58)(59)」を参照されたい)。あらためて詳述するまでもないが、簡単に織田秀信について記しておく。

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岐阜キリシタン小史(68)イエズス会文書に見る織田信忠とキリスト教

1.はじめに 

拙稿「岐阜キリシタン小史(55)織田信忠と岐阜のキリスト教」では、信忠時代の岐阜におけるキリスト教の動向を扱い、その中でイエズス会の「日本年報」にも触れた。今回は、その「日本年報」および宣教師書簡にあらためて焦点を当て、これらの史料がもつ性格と史料的価値について検討したい。
イエズス会による日本宣教の実態を理解するうえで、ルイス・フロイスの『日本史』は欠くことのできない基本史料である。しかし、同時代に作成された「日本年報」や宣教師書簡もまた、これに劣らぬ重要性をもつ一次史料である。
「日本年報」は、各地の宣教師が毎年ローマ本部へ送った公式報告であり、布教状況・政治情勢・迫害・戦争・信徒数などを、出来事から大きな時間差なく記録した一次的な“現場報告”である。叙述的・文学的性格を帯びるフロイス『日本史』とは異なり、速報性と事実性を重視した点に特徴がある。
一方、フロイス『日本史』は、イエズス会の命により体系的に編纂された大部の歴史叙述であり、日本文化・人物像の描写に優れ、信長・秀吉期の政治史研究において不可欠の史料として利用されてきた。ただし、その叙述には伝聞や判断が混じる部分もあり、物語的構成力と引き換えに一定の脚色が入りうる点が指摘されている。

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