三位一体後第18主日礼拝「神は愛です」2026/10/04

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 3章11-18節
野々垣晶子牧師

11わたしたちは互に愛し合うべきである。これが、あなたがたの初めから聞いていたおとずれである。 12カインのようになってはいけない。彼は悪しき者から出て、その兄弟を殺したのである。なぜ兄弟を殺したのか。彼のわざが悪く、その兄弟のわざは正しかったからである。
13兄弟たちよ。世があなたがたを憎んでも、驚くには及ばない。 14わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている。 15あなたがたが知っているとおり、すべて兄弟を憎む者は人殺しであり、人殺しはすべて、そのうちに永遠のいのちをとどめてはいない。 16主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。 17世の富を持っていながら、兄弟が困っているのを見て、あわれみの心を閉じる者には、どうして神の愛が、彼のうちにあろうか。 18子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。:口語訳

三位一体後第17主日礼拝「主の山には備えがある」2026/09/27

聖書箇所:創世記22章 1-19節
田中道子神学生

1これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。 2神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。 3アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。 4三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。 5そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。 6アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。 7やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。 8アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。
9彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。 10そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、 11主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。 12み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。 13この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。 14それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。
15主の使は再び天からアブラハムを呼んで、 16言った、「主は言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、 17わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、 18また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。 19アブラハムは若者たちの所に帰り、みな立って、共にベエルシバへ行った。そしてアブラハムはベエルシバに住んだ。:口語訳

召天者記念礼拝「居場所を用意されるイエス」2026/09/13

聖書箇所:ヨハネの福音書 14章1−4節
奥田健一牧師

1「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。 2わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。 3そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。 4わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。 

笠松キリスト教会のごあんない

笠松キリスト教会は、聖書信仰に根ざすプロテスタントの教会です。
1957年、今から66年前、ドイツのジャーマン・アライアンス・ミッション(GAM) から派遣された宣教師によって建て上げられ、以来、生ける神さまのみことばをこの地の皆さまにお伝えしてまいりました。
私たちは礼拝や聖書を通して、私たちを造ってくださった神さまの愛と救い主イエスさまの恵みをいただいています。
あなたにもぜひその恵みを受け取っていただきたいと願っています。

主日礼拝 毎週日曜 10:30-11:30 
教会学校 毎週日曜  9:45-10:20 
聖書の学びと祈り会 毎週水曜 19:30-20:30
毎週木曜        10:30-11:30
 (水・木曜日ともにZoom併用)

当教会はバリアフリー対応です。
車椅子ご使用の方もぜひお越しください。駐車場が教会の隣にございます。
当教会はエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。

バリアフリー化されています。車いすで駐車場から移動できます。
スロープ・手すりも設置されています。
玄関には折りたたみ椅子付き手すりも設置
礼拝堂 晴れた日は明るい光も差し込みます。

召天者記念会・墓前礼拝 2026/09/13

午後からの記念会は40名の方にご参加いただきました。
墓前礼拝は野々垣牧師により執り行われました。雨に降られず感謝でした。
墓前礼拝 28名の方にご参加いただきました。

三位一体後第14主日礼拝 「神の子を見分ける」2026/09/06

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 3章2節
野々垣晶子牧師

 4すべて罪を犯す者は、不法を行う者である。罪は不法である。 5あなたがたが知っているとおり、彼は罪をとり除くために現れたのであって、彼にはなんらの罪がない。 6すべて彼におる者は、罪を犯さない。すべて罪を犯す者は彼を見たこともなく、知ったこともない者である。 7子たちよ。だれにも惑わされてはならない。彼が義人であると同様に、義を行う者は義人である。 8罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。 9すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない。 10神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である。:口語訳

三位一体後第13主日礼拝「神の子の望み」2026/08/30

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 2章28-3章3節
野々垣晶子牧師

2:28そこで、子たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼が現れる時に、確信を持ち、その来臨に際して、みまえに恥じいることがないためである。 29彼の義なるかたであることがわかれば、義を行う者はみな彼から生れたものであることを、知るであろう。
3:1わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。 2愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。 3彼についてこの望みをいだいている者は皆、彼がきよくあられるように、自らをきよくする。:口語訳

三位一体後第12主日礼拝「キリストのうちにとどまりなさい」2026/08/23

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 2章18-27節
野々垣晶子牧師

本日機材不具合により音声データはございません。

18子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。 19彼らはわたしたちから出て行った。しかし、彼らはわたしたちに属する者ではなかったのである。もし属する者であったなら、わたしたちと一緒にとどまっていたであろう。しかし、出て行ったのは、元来、彼らがみなわたしたちに属さない者であることが、明らかにされるためである。 20しかし、あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている。 21わたしが書きおくったのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、それを知っているからであり、また、すべての偽りは真理から出るものでないことを、知っているからである。 22偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。 23御子を否定する者は父を持たず、御子を告白する者は、また父をも持つのである。 24初めから聞いたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初めから聞いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子と父とのうちに、とどまることになる。 25これが、彼自らわたしたちに約束された約束であって、すなわち、永遠のいのちである。 26わたしは、あなたがたを惑わす者たちについて、これらのことを書きおくった。 27あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。それはまことであって、偽りではないから、その油が教えたように、あなたがたは彼のうちにとどまっていなさい。:口語訳

三位一体後第11主日礼拝「世に対する態度」2026/08/16

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 2章15-17節
野々垣晶子牧師

15世と世にあるものとを、愛してはいけない。もし、世を愛する者があれば、父の愛は彼のうちにない。 16すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。 17世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる。:口語訳