三位一体後第21主日礼拝「見極める」2026/10/25

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 4章1-6節
野々垣晶子牧師

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 愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。 
あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、 イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。
これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。
子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。
あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。
らは世から出たものである。
だから、彼らは世のことを語り、世も彼らの言うことを聞くのである。
しかし、わたしたちは神から出たものである。神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞き、神から出ない者は、わたしたちの言うことを聞かない。
これによって、わたしたちは、真理の霊と迷いの霊との区別を知るのである。:口語訳

三位一体後第20主日礼拝「信じること従うこと」2026/10/18

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 3章19-24節
野々垣晶子牧師

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 19それによって、わたしたちが真理から出たものであることがわかる。そして、神のみまえに心を安んじていよう。 20なぜなら、たといわたしたちの心に責められるようなことがあっても、神はわたしたちの心よりも大いなるかたであって、すべてをご存じだからである。 21愛する者たちよ。もし心に責められるようなことがなければ、わたしたちは神に対して確信を持つことができる。 22そして、願い求めるものは、なんでもいただけるのである。それは、わたしたちが神の戒めを守り、みこころにかなうことを、行っているからである。 23その戒めというのは、神の子イエス・キリストの御名を信じ、わたしたちに命じられたように、互に愛し合うべきことである。 24神の戒めを守る人は、神におり、神もまたその人にいます。そして、神がわたしたちのうちにいますことは、神がわたしたちに賜わった御霊によって知るのである。:口語訳

岐阜キリシタン小史(73) 「濃尾崩れ」(2)濃尾地域におけるキリシタン信仰の形成―信長・信忠・秀信の三代を中心に―


 「濃尾崩れ」以前の濃尾地域には、すでにキリスト教信仰が広く、深く根づいていた。その歴史で極めて重要なのが、織田信長・信忠・秀信の三代にわたるキリスト教との関わりである。信長の宣教師保護を出発点として、信忠の時代には教会建設が進み、秀信の時代には領主自身が洗礼を受け、教会を中心とする信徒共同体が形成された。宣教師たちの記録には、岐阜で多数の人々が洗礼を受けたことに加え、尾張の領主や僧侶、さらには秀信の信仰に倣ってキリスト教徒となった美濃の武士たちの姿も記されている。

 ここでは、「濃尾崩れ」の前段階として、濃尾地域にキリスト教がどのように伝えられ、領主の保護のもとでいかに広がっていったのかを、信長・信忠・秀信の三代に即して見ていく。

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    岐阜キリシタン小史(72) 「濃尾崩れ」(1) はじめに : 「濃尾崩れ」とは何か

    1. 「濃尾崩れ」という名称
       「濃尾崩れ」という名称は、江戸時代の濃尾地域、すなわち美濃国と尾張国を中心に行われた、キリシタンに対する大規模な摘発と処刑を指す言葉である。
       ここでいう「崩れ」は、キリシタンが一人、または数人単位で摘発された個別の事件を指すのではない。潜伏していたキリシタンの存在が何らかのきっかけによって明らかになり、そこから取り調べが広がり、信徒の捕縛、処刑、さらに親族や関係者の調査へと発展していく大規模な摘発事件を指して用いられる。江戸時代には、肥前国大村藩領で起こった「郡崩れ」、豊後地方の「豊後崩れ」など、各地で同じような大規模摘発が起こっている。
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    中島さん夫妻 マレーネ先生 囲む会 2026/10/14 夜

    10月14日 18:00から 食事&交わり会 質問タイム

    19:30から マレーネ先生のお証し 中島ご夫妻のドイツ・ブラウンシュバイクでの宣教報告&お証し

    マレーネ先生、2年ぶりに笠松にお越しくださいました。お変わりなく、とてもお元気です。6週間の日本滞在中、精力的に各地を訪問しておられるとのことでした。

    中島さんご夫妻はドイツでの宣教の様子をお話しくださいました。ご夫妻のお人柄に魅了されました。

    お弁当、とても美味しくいただきました。

    マレーネ先生のお証し 2年ぶりに笠松😊
    中島さんご夫妻はドイツでの宣教の様子をお話しくださいました。ご夫妻のお人柄に魅了されました。
    中島ご夫妻のドイツ・ブラウンシュバイクでの宣教報告&お証し
    お弁当、とても美味しくいただきました。

    三位一体後第18主日礼拝「神は愛です」2026/10/04

    聖書箇所:ヨハネの手紙第一 3章11-18節
    野々垣晶子牧師

    11わたしたちは互に愛し合うべきである。これが、あなたがたの初めから聞いていたおとずれである。 12カインのようになってはいけない。彼は悪しき者から出て、その兄弟を殺したのである。なぜ兄弟を殺したのか。彼のわざが悪く、その兄弟のわざは正しかったからである。
    13兄弟たちよ。世があなたがたを憎んでも、驚くには及ばない。 14わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている。 15あなたがたが知っているとおり、すべて兄弟を憎む者は人殺しであり、人殺しはすべて、そのうちに永遠のいのちをとどめてはいない。 16主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。 17世の富を持っていながら、兄弟が困っているのを見て、あわれみの心を閉じる者には、どうして神の愛が、彼のうちにあろうか。 18子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。:口語訳

    笠松キリスト教会のごあんない

    笠松キリスト教会は、聖書信仰に根ざすプロテスタントの教会です。
    1957年、今から66年前、ドイツのジャーマン・アライアンス・ミッション(GAM) から派遣された宣教師によって建て上げられ、以来、生ける神さまのみことばをこの地の皆さまにお伝えしてまいりました。
    私たちは礼拝や聖書を通して、私たちを造ってくださった神さまの愛と救い主イエスさまの恵みをいただいています。
    あなたにもぜひその恵みを受け取っていただきたいと願っています。

    主日礼拝 毎週日曜 10:30-11:30 
    教会学校 毎週日曜  9:45-10:20 
    聖書の学びと祈り会 毎週水曜 19:30-20:30
    毎週木曜        10:30-11:30
     (水・木曜日ともにZoom併用)

    当教会はバリアフリー対応です。
    車椅子ご使用の方もぜひお越しください。駐車場が教会の隣にございます。
    当教会はエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。

    バリアフリー化されています。車いすで駐車場から移動できます。
    スロープ・手すりも設置されています。
    玄関には折りたたみ椅子付き手すりも設置
    礼拝堂 晴れた日は明るい光も差し込みます。