チャペルニュース 2026/04

春と言えば、みなさんは何を思い浮かべますか?
 私は岐阜県の笠松町出身なのですが、春と言えば、木曽川の堤防の桜が目の前に浮かびます。春は桜だけでなく、色々な花が咲き、新緑が芽生え、とても美しい季節ですよね。冬の節くれだった茶色一色だった木々に咲き誇る薄桃色の桜。けれども、桜の時期は大体雨が多く、風が強く、もう少し、もっと長く咲いていてほしいと私たちが願っても、桜はあっという間に散ってしまいます。しかし、満開の桜の後の緑とピンク色の混じった葉桜の木々の姿が、また
幻想的で、私は大好きです。桜の時期は、木曽川の堤防だけでなく、全国の桜の名所で、桜祭りが行われますね。

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主日礼拝メッセージ「歴史の中で働かれる主」2026/03/08

聖書箇所:創世記10章1-32節
鴨下直樹牧師


創世記10章1-32 「歴史の中で働かれる神」
2026.03.08
笠松教会


 創世記も今回で10章までやってきました。聖書朗読をされた司式者の方は、カタカナの名前がたくさん出てきて読みにくかったかもしれません。ここには、大洪水が終わってから、人類がノアの子どもたちであるセム・ハム・ヤフェテの代になって70 の部族・民族に増え広がっていったことが記されています。セムはイスラエルやアラブの民族、ハムはエジプトやエチオピア、ヤフェテがいわゆる白人と呼ばれる人々へと増え広がっていきました。
 まず一節をお読みします。ここには、この第十章の要約が記されています。「これはノアの息子、セム、ハム、ヤフェテの歴史である。大洪水の後、彼らに息子たちが生まれた。」
ここには、神は大洪水によって世界の人々は滅ぼされたけれども、神によってもう一度世界に人々が増え広がっていったことがここに記されています。このように、子孫が広がっていくことは、神のゆるしなしには成し得ないことであって、ここに神の祝福を見ることができるのだということをこの10章は語っているのです。

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岐阜キリシタン小史(63)  等安と如安―高山右近をめぐる二人のキリシタン―

 村山等安と内藤如安は、戦国末期から安土桃山、そして江戸初期へと至る激動の時代に、それぞれ異なる道を歩みながらも、高山右近と深く関わったキリシタン武将である。彼らが生きた時代、キリスト教を信じるという選択は、単なる宗教的関心ではなく、政治的立場や家の存続にまで影響を及ぼす重大な決断であった。信仰を選ぶことは、しばしば人生の方向を決める行為であり、家族や一族の運命にも関わることでもある。

村山等安の生涯と長崎キリシタン社会

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主日礼拝メッセージ 「話をするのに時がある」202/03/01

聖書箇所:ルカの福音書5章12-16節
小林剛男牧師

1.口に出して話したほうがいいことと,そうではないということとがある。

2.人を立て上げる言葉を語ることが大切。

3.神様の栄光になることを話すことが大切。(神様の願うことに沿うことが大切)

「イエスは、だれにも話さないようにと彼に言い聞かせ、「ただ行って自分のからだを祭司に見せ、それからあなたのきよめのため、モーセが命じたとおりのささげ物をして、人々に証明しなさい」とお命じになった。」 
ルカによる福音書 5:14 口語訳

主日礼拝メッセージ「耳の中に実現した」2026/02/22

聖書箇所:ルカの福音書4章16-22節
小林剛男牧師

1.知ることは物事の大切な第一歩である。

2.神様のことばが心のなかに実現することが大切。

3.み言葉が私たちの生き方の中に実現することが大切。

キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。
コロサイ人への手紙3:16
愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。
人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。  
ヤコブの手紙 1:20

主日礼拝メッセージ ノアの箱舟5「平和に潜む罠」2026/02/15

聖書箇所:創世記9章20-29節
鴨下直樹牧師

創世記9章20-29節「ノアの箱舟5 平和に潜む罠」

 いよいよ、今回でノアの物語の最後になります。 これまで、ノアの生涯を見てまいりましたけれども、本当に、ノアは神と共に歩んだということが分かる素晴らしい生涯でした。ところが今日の個所は少し違います。この最後のところでノアの失態が物語られているのです。

 私は聖書を読みながら時々思うのですけれども、聖書の中に現れる信仰者の姿というのは、いつも完璧ではないなと思うのです。信仰の父と呼ばれたアブラハムにしても、旧約聖書の代表とされるモーセも、あるいはあのダビデ王ですらそうです。誰もがどこかで過ちを犯しています。聖書はそのような信仰の人物の失態を隠そうとはしていません。ここでも同じです。ノアは神の目にかなう、ただ一人の正しい人物であったはずです。ところが、聖書はそのような正しい人、ノアの失態を描くのに何の躊躇もないのです。

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笠松キリスト教会のごあんない

笠松キリスト教会は、聖書信仰に根ざすプロテスタントの教会です
1957年、今から66年前、ドイツのジャーマン・アライアンス・ミッション(GAM) から派遣された宣教師によって建て上げられ、以来、生ける神さまのみことばをこの地の皆さまにお伝えしてまいりました。
私たちは礼拝や聖書を通して、私たちを造ってくださった神さまの愛と救い主イエスさまの恵みをいただいています。
あなたにもぜひその恵みを受け取っていただきたいと願っています。

主日礼拝 毎週日曜 10:30-11:30 
教会学校 毎週日曜  9:45-10:20 
聖書の学びと祈り会 毎週水曜 19:30-20:30
毎週木曜        10:30-11:30
 (水・木曜日ともにZoom併用)

当教会はバリアフリー対応です。
車椅子ご使用の方もぜひお越しください。駐車場が教会の隣にございます。
当教会はエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。

バリアフリー化されています。車いすで駐車場から移動できます。
スロープ・手すりも設置されています。
玄関には折りたたみ椅子付き手すりも設置
礼拝堂 晴れた日は明るい光も差し込みます。

主日礼拝メッセージ 使徒信条の信仰16「復活と永遠のいのち」2026/02/08

聖書箇所:ヨハネの福音書 11章25節
鴨下直樹牧師

 

 今日は使徒信条の最後の告白、「からだのよみがえりとこしえのいのちを信ず」という部分から、この信仰告白が伝えるところをご一緒に考えてみたいと思います。

 芥見教会の近くに、中部学院大学というミッション系の大学があります。もう今から15年ほど前にことですけれども、当時、この中部学院の宗教総主事であった笠井恵二という先生が勤めておられたことがあります。この先生は何冊も本を出しておられた方で、私も何冊か読んだことがあります。この大学では、近隣の牧師を招いて「牧師招待会」という会を毎年開いておりまして、その時に神学者の笠井恵二先生が「日本の宗教性」という発題をいたしました。この発題がとても興味深い内容でしたので、少し紹介したいと思います。この笠井先生という方は、スイスのバーゼルで学んだ方で、他宗教とのことに問題意識を持っておられる方で、日本の宗教性ということに関心を持っておられる方です。
 その牧師招待会の講演で笠井先生がこんな話しをしておられました。笠井先生の教え子に、神道の神主になった方が何人かいらっしゃるそうです。そこである時こんな質問をしたのだそうです。「神道では人が死ぬとどうなるのか?」と。神主になった元生徒はこう答えました。「それは、人は死んだら神になって家族を見守る。そして、誰も自分のことを知っている者がいなくなるとさらに上の神、つまり祖霊になる」というのです。これが、日本の宗教性のベースにあるということなのです。

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