主日礼拝メッセージ「歴史の中で働かれる主」2026/03/08

聖書箇所:創世記10章1-32節
鴨下直樹牧師


創世記10章1-32 「歴史の中で働かれる神」
2026.03.08
笠松教会


 創世記も今回で10章までやってきました。聖書朗読をされた司式者の方は、カタカナの名前がたくさん出てきて読みにくかったかもしれません。ここには、大洪水が終わってから、人類がノアの子どもたちであるセム・ハム・ヤフェテの代になって70 の部族・民族に増え広がっていったことが記されています。セムはイスラエルやアラブの民族、ハムはエジプトやエチオピア、ヤフェテがいわゆる白人と呼ばれる人々へと増え広がっていきました。
 まず一節をお読みします。ここには、この第十章の要約が記されています。「これはノアの息子、セム、ハム、ヤフェテの歴史である。大洪水の後、彼らに息子たちが生まれた。」
ここには、神は大洪水によって世界の人々は滅ぼされたけれども、神によってもう一度世界に人々が増え広がっていったことがここに記されています。このように、子孫が広がっていくことは、神のゆるしなしには成し得ないことであって、ここに神の祝福を見ることができるのだということをこの10章は語っているのです。

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岐阜キリシタン小史(63)  等安と如安―高山右近をめぐる二人のキリシタン―

 村山等安と内藤如安は、戦国末期から安土桃山、そして江戸初期へと至る激動の時代に、それぞれ異なる道を歩みながらも、高山右近と深く関わったキリシタン武将である。彼らが生きた時代、キリスト教を信じるという選択は、単なる宗教的関心ではなく、政治的立場や家の存続にまで影響を及ぼす重大な決断であった。信仰を選ぶことは、しばしば人生の方向を決める行為であり、家族や一族の運命にも関わることでもある。

村山等安の生涯と長崎キリシタン社会

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主日礼拝メッセージ 「話をするのに時がある」202/03/01

聖書箇所:ルカの福音書5章12-16節
小林剛男牧師

1.口に出して話したほうがいいことと,そうではないということとがある。

2.人を立て上げる言葉を語ることが大切。

3.神様の栄光になることを話すことが大切。(神様の願うことに沿うことが大切)

「イエスは、だれにも話さないようにと彼に言い聞かせ、「ただ行って自分のからだを祭司に見せ、それからあなたのきよめのため、モーセが命じたとおりのささげ物をして、人々に証明しなさい」とお命じになった。」 
ルカによる福音書 5:14 口語訳