岐阜キリシタン小史(54)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑭―

織田信長に最も信頼された宣教師・オルガンティノ(3)

 オルガンティノの生涯は、織田家三代との深い関わりの中にあった。父・信長の後を継いだ信忠とも親交を結んでいたが、信忠の嫡男である秀信(三法師)に対しては、その人生の節目において大きな役割を果たした。1595(文禄5)年、秀信はオルガンティノの熱心な導きによって洗礼を受け、受洗名を「ペトロ」とした。これには弟の秀則も同行し、兄弟そろっての受洗であったとされる。この出来事は、かつてキリスト教を庇護した信長の嫡孫がキリシタンとなった点において、オルガンティノ個人にとっても、また日本におけるイエズス会にとっても、大きな象徴的意味があった。秀信は岐阜城下での布教を公認し、教会の建設を許可するなど、オルガンティノを精神的師として厚く遇した。(秀信のことは、機会を改めて書いてみたいと思っている。)

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岐阜キリシタン小史(53)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑬―

織田信長に最も信頼された宣教師・オルガンティノ(2)

 1582(天正10)年6月21日(旧暦6月2日)、オルガンティノは日本史上の大事件である「本能寺の変」を、至近距離で目撃することとなった。当日払暁、京都の南蛮寺にいた彼は、激しい銃声と本能寺方面から立ち上る激しい炎に驚き、寺の屋根からその様子を凝視した。当初は信長による軍事訓練かとも考えたが、やがて明智光秀の謀反であることを知る。彼は報告書(オルガンティノが1582年に書いた『1582年度日本年報』または、同年のイエズス会総長宛の報告書)に記されている。この中で、信長が敵の手にかかって辱めを受けることを拒み、自ら火を放って最期を遂げた様子を記している。また、二条新御所にいた嫡男信忠についても、父の危急を知りながらももはや救援不可能と悟り、奮戦の末に自害した経過を詳述した。この未曾有の事態に際し、オルガンティノは死を覚悟して祈りを捧げつつ、変後の混乱に包まれた京都の情勢を克明に記録したのである。(この記録はのちにフロイスの『日本史』に取り込まれた。)

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岐阜キリシタン小史(52)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑫―

織田信長に最も信頼された宣教師・オルガンティノ(1)

 岐阜を訪れたイエズス会宣教師としてフロイス、カブラルを、そして修道士としてロレンソについて、記してきた。今回から数回にわたり、四人目の人物であるオルガンティノのことを書いてみたい。
 グネッキ・ソルディ・オルガンティノは、16世紀後半の日本において、織田信長という戦国の風雲児の信頼を勝ち取った稀有な人物である。1533(天文2)年、北イタリアのカストという町で生を受けた彼は、1570(元亀元)年にイエズス会宣教師として日本に渡り、長崎に上陸した。その後、畿内布教の機会を得て、当時の政治的中枢であった岐阜へと赴き、織田信長との謁見を果たす。1570年6月、フロイスがロレンソ了斎らとともに岐阜へ赴く際にオルガンティノが同行した形だ。この出会いこそが、彼自身の運命のみならず、日本におけるキリスト教布教の行方を大きく左右する転機となっていく。

カストの街並み カストはミラノの東、約90㎞。古代より製鉄を営んだ村であり、
中世のカストは鍛冶で広く知られた。
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主日礼拝メッセージ「すべてを新しくする主に期待する一年」2026/01/11

聖書箇所:ヨハネの黙示録章21章5節
鴨下直樹牧師

 新しい年を迎えました。今年のローズンゲンによる年間聖句は、ヨハネの黙示録の21章5節のみことばです。
 5節全体を読んでみます。
 「すると、御座に座っておられる方が言われた。『見よ、わたしはすべてを新しくする。』また言われた。『書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。』」

 主は、語られます。「見よ、わたしはすべてを新しくする!」と。新年を迎えて、こうしてみなさんと共に礼拝をお捧げすることができることをとても嬉しく思います。
みなさんは、新しい年を迎えた時に、「今年の目標」とか「新年の抱負」といったようなものを考えられたでしょうか?

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クリスマス礼拝メッセージ「クリスマスのしるし」2025/12/21

聖書箇所:ルカの福音書2章1-7節
鴨下直樹牧師

ルカの福音書2章1-7節 「クリスマスのしるし」

2025.12.21

笠松キリスト教会 クリスマス礼拝

 いよいよクリスマスを迎えます。今週はアドヴェント第四主日です。今週の24日にクリスマスのお祝いのために、夜もイブ礼拝を行う予定にしています。また、今日の午後はクリスマスの祝会を行うことにしています。クリスマスは、主イエスがお生まれになられたことを、共にお祝いする嬉しい時です。この時に、私たちは互いに「クリスマスおめでとう!」と声をかけあいます。共に、主イエスが私たちのために生まれて下さった喜びをお祝いしたいのです。

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主日礼拝メッセージ ノアの箱舟4「虹の契約」2025/12/14

聖書箇所:創世記8章20-9章19節
鴨下直樹牧師(本日は姉妹による代読です)

創世記8章20-9章19節「ノアの箱舟4 虹の契約」

2025.12.14

 まず初めに今日はインフルエンザになってしまったために、この礼拝説教が代読という形になってしまいましたことをお許しください。そのために聖餐式や役員会、みなさんの相談会の予定もすべて変更となってしまいました。代読ですが、説教をお聞きになられて、みなさんがそこから神様の福音を聴き取ることができるよう願っています。

 さて、私たちは来年から新しい牧師を迎えるための準備をしようとしています。そのために牧師館の改修のことなども話し合うことになっています。新しい牧師を迎える時というのは、私たちもどこかで期待と不安が入り混じるような不思議な思いになることがあると思います。

 それと同じように何かを新しくこと始めるという時にも、私たちは新鮮な思いになります。新しい職場に行く、新しい車を買う、そのような時はもちろんですけれども、新しいノートを使う時でさえ、不思議な緊張感と楽しさがあります。これからどうなるのかという想像が、そこから膨らんでいきます。そこには、様々な期待があるのです。今日の聖書の個所も同じです。この天地を創造された神であられる主は、この罪に満ちていた世界を一度洪水によって滅ぼしてしまわれました。そして、ここから新しいことを起こそうとしておられるのです。私たちでさえ、新しいことを始める時には期待を込めているのですから、神ご自身が創造されたこの世界を、もう一度新しく始めようという時に、その神自身は、どんな思いだったのでしょうか。

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岐阜キリシタン小史(51)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑪―

岐阜における信長とカブラル(フロイス『日本史』より)(3)

前回からに続く。当時の日本では眼鏡は大変珍しい物であったのだろう。

3.岐阜での滑稽な出来事(眼鏡の誤解)
⚫司祭への驚嘆:岐阜の住民にとって、伴天連は見たこともない人々で、目新しくはなはだ数奇な人々であった。
⚫眼鏡への誤解
 近視のフランシスコ・カブラルが岐阜で眼鏡をかけていたことに、一般民衆は衣装よりもはるかに大きい驚嘆を覚えた。
 庶民の間では、「伴天連には眼が四つあり、二つは普通の位置に、他の二つはそれから少し外にはずれたところにあって、鏡のように輝き、恐るべきもの」という噂が流布した。
 司祭たちの出発日には、岐阜市だけでなく遠隔地や尾張の国から四、五千人の人々が、この不可思議な者を見ようと殺到した。
 好奇心から宿泊していた家へ侵入しようとしたため、家主は二階へ昇る階段を取り外す必要があった。
 最初に出てきたのは片眼が盲目のロレンソ修道士であったため、四つ眼を期待していた人々は大声で笑わざるを得なかった。
 後にフロイスが出てきても眼が二つしかなかったが、人々は三千人ほどで彼を取り巻き、郊外半里のところまで同行した。

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