主日礼拝メッセージ 使徒信条の信仰15「罪を赦す神の恵み」2025/11/16

聖書箇所:ローマ人への手紙 3章21-30節
鴨下直樹牧師

 

 今日は、使徒信条の最後の方にある「罪の赦し」という告白を一緒に考えていきたいと願っています。

 それで、今朝はローマ人への手紙の3章を開きました。このローマ人への手紙3章のことをかつて改革者ルターは「ローマの書の中心、いや、前聖書の中心と見て良い」と語りました。こう言ったのはルターだけではありません。エミール・ブルンナーというドイツの神学者がおりました。この人は、今から60年ほど前のことですけれども、日本の国際基督教大学で教鞭をとったことがあります。このブルンナーがこのローマ3章21節から26節までのところから大学の礼拝で説教した時にも、「新約聖書の中心」という題で説教しています。それほどに、この箇所は聖書の中心的な内容を語っている箇所なのです。そして、まさにその中心で何が語られているかと言うと、「罪の赦し」をここでパウロは語っているのです。

“主日礼拝メッセージ 使徒信条の信仰15「罪を赦す神の恵み」2025/11/16” の続きを読む

岐阜キリシタン小史(39)―『南蛮屏風』に描かれたロレンソ了斎―

下の老人の絵をご覧いただきたい。
和服姿で、右手に杖、左手にロザリオを握った年老いた日本人修道士。この人物こそ、イルマンのロレンソ了斎であるとされている。白い眉毛で背中が曲がった老人の姿は、当時の記録に基づいた彼の特徴であったという。
この図像は、狩野内膳(1570~1616)が描いた『南蛮屏風』の右隻に描かれている。

内膳の落款を伴う『南蛮屏風』は5 件確認できるそうであるが、この屏風は神戸市立博物館蔵のものである。(余談であるが、この博物館は前身のひとつが神戸市立南蛮美術館であったため、南蛮美術の世界的なコレクションを多数所蔵していることでも知られている。)

“岐阜キリシタン小史(39)―『南蛮屏風』に描かれたロレンソ了斎―” の続きを読む

岐阜キリシタン小史(38)―日本宣教を支えた修道士・ロレンソ了斎―

16世紀、日本にキリスト教が伝来し、多くの宣教師たちが来日して宣教活動に励んだ。ザビエル、フロイス、ヴァリニャーノ―彼らの働きは広く知られているが、その陰で日本人イルマン(修道士)のすばらしい働きがあったことをご存じであろう。もし彼がいなかったなら、日本の宣教は大きく遅れていたに違いない。その名はイルマン・ロレンソ(ロレンソ了斎)。そのロレンソ了斎(以下ロレンソとのみ記す)について、今回から数回にわたり紹介したい。また、このロレンソと岐阜とはわずかではあるが関わりがあるので、そのことについても触れていきたい。

“岐阜キリシタン小史(38)―日本宣教を支えた修道士・ロレンソ了斎―” の続きを読む

岐阜キリシタン小史(37)《証し》感謝!!「美濃のキリシタン」展

この夏、岐阜県美濃加茂市にある美濃加茂市民ミュージアムで「美濃のキリシタン秘められた祈りの証し」展が開催された(2025.7.12-8.24)。私は、個人で、現地ミニツアーで、講演会で、そして妻と、都合4度、足を運んだ。少し遅くなったが、今回はこの企画展を通して教えられたこと、気づかされたことを書いてみたい。

「美濃のキリシタン 秘められた祈りの証し」展(美濃加茂市民ミュージアム)
“岐阜キリシタン小史(37)《証し》感謝!!「美濃のキリシタン」展” の続きを読む

主日礼拝メッセージ 使徒信条の信仰14「聖徒の交わり」2025/10/19

聖書箇所:ヨハネの手紙第一 1章1-10節
鴨下直樹牧師

 

 使徒信条の信仰をよく理解していただきたいと願いながら、少しずつ使徒信条の聖書箇所からみ言葉を聞いてきまして、今回で14回になります。今日のところは使徒信条の「聖徒の交わり」という部分です。

 この礼拝に集っておられる方々は、この笠松教会で洗礼を受けられた方が少なくありません。けれども、他の教会で洗礼を受けて、引っ越しや、結婚や、あるいは何らかの事情でこの笠松教会の礼拝に集っておられる方もあると思います。あるいは、まだ洗礼を受けておられない方もおられます。今この礼拝に、実にさまざまな地域で生活され、また信仰に導かれた方々がここで一つにされているという不思議さを感じます。生まれた地域も違えば、信仰に導かれた教会も違う、あるいは、さまざまな異なる考え方をしている人たちが、こうして一つの教会にされています。これが、「聖徒の交わり」という言葉で表現されている教会の一つの姿です。

“主日礼拝メッセージ 使徒信条の信仰14「聖徒の交わり」2025/10/19” の続きを読む