三位一体後第二主日礼拝メッセージ「驚くべき神の愛」2026/06/14

聖書箇所:ルカの福音書 15章 25-32節
奥田健一牧師(羽島教会)

 25ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、 26ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。 27僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。 28兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、 29兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。 30それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。 31すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。 32しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。口語訳

三位一体後第一主日礼拝メッセージ「神の光の中を歩むとは」2026/06/07

聖書箇所:ヨハネの手紙第一1章5節-10節
野々垣晶子牧師

5わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。 
6神と交わりをしていると言いながら、もし、やみの中を歩いているなら、わたしたちは偽っているのであって、真理を行っているのではない。
7しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互に交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。
8もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。
9もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
10もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。:口語訳

三位一体主日礼拝メッセージ「教会の使信」2026/05/31

聖書箇所:ルカの福音書 10章17-25節
野々垣晶子牧師

17七十二人が喜んで帰ってきて言った、「主よ、あなたの名によっていたしますと、悪霊までがわたしたちに服従します」。 18彼らに言われた、「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た。 19わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。だから、あなたがたに害をおよぼす者はまったく無いであろう。 20しかし、霊があなたがたに服従することを喜ぶな。むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」。
21そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。 22すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません」。 23それから弟子たちの方に振りむいて、ひそかに言われた、「あなたがたが見ていることを見る目は、さいわいである。 24あなたがたに言っておく。多くの預言者や王たちも、あなたがたの見ていることを見ようとしたが、見ることができず、あなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである」。
25するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。 口語訳
養老公園にて 2026/05/30

ペンテコステ礼拝メッセージ「聖霊をうけなさい」2026/05/24

聖書箇所:ヨハネの福音書 20章19-23節
野々垣晶子牧師

 19その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。 20そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。 21イエスはまた彼らに言われた、「安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。 22そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった、「聖霊を受けよ。 23あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう」。 口語訳

岐阜キリシタン小史(67)美濃の禅宗勢力と初期キリシタン― 山田庄左衛門を中心に ―

 16世紀半ばの美濃では、禅宗が地域の宗教生活を大きく形づくっていた。妙心寺派や南禅寺派の寺院は、守護土岐氏の保護を受けて発展し、町の成り立ちとともにその存在感を増していった。寺院は学問や儀礼、葬送、教育といった日常に深く関わる営みを担い、寺檀関係を通じて地域社会の秩序を支える場でもあった。禅宗は単なる信仰の場ではなく、人々の暮らしを包み込むような基盤として働いていた。
 美濃で禅宗が重んじられた背景には、土岐氏の存在がある。土岐氏は室町幕府の有力守護として足利将軍家と縁戚関係を結び、将軍家が保護した京都五山とのつながりが深かった。五山は将軍権力の文化的な象徴でもあり、臨済宗は武家社会の精神的な支柱とみなされていた。こうした事情から、美濃でも臨済宗寺院が自然と重んじられる土壌が育まれ、妙心寺派や南禅寺派の寺院が地域に根を張っていった。

崇福寺(岐阜市) 臨済宗妙心寺派の古刹。信長が保護した寺として知られている。
“岐阜キリシタン小史(67)美濃の禅宗勢力と初期キリシタン― 山田庄左衛門を中心に ―” の続きを読む

岐阜キリシタン小史(66)『あかしする信仰』(カトリック名古屋教区)のこと

 前回の小史(65)では、カトリック名古屋教区が作成した『美濃・尾張キリシタン巡礼マップ』(カトリック名古屋教区宣教司牧評議会殉教者顕彰委員会編、2022年2月)をご紹介した。このマップは、名古屋教区のホームページ内にある「資料室」から無料でダウンロードできる。地図としての使いやすさに加えて、各史跡の背景を簡潔にまとめた解説が添えられている。初めてキリシタン史跡を訪ねる人でも、どんな場所なのか、どのような歴史があったのかがひと目で分かるよう工夫されており、手元に置いておくと役立つ資料ではないだろうか。


 今回は、そのマップの基礎資料となった書籍『東海・北陸のキリシタン史跡巡礼 あかしする信仰』を取り上げたい。発行元はマップと同じくカトリック名古屋教区宣教司牧評議会で、刊行は2012年。教区内の信徒や関係者向けに作られた書籍のようで、全256ページのフルカラー版である。写真や図版も多く、読み物としても資料としても充実している。現在の入手方法ははっきりしないが、私は古書店の通販サイトで偶然見つけることができた。関心がある方で入手できない場合でも、同じく名古屋教区のホームページ内にある「資料室」から全ページを閲覧することができるため、内容を知るうえで困ることはないだろう。

“岐阜キリシタン小史(66)『あかしする信仰』(カトリック名古屋教区)のこと” の続きを読む

昇天後主日礼拝メッセージ「助け主を遣わします」2026/05/17

聖書箇所:ヨハネの福音書 16章 5-16節
野々垣晶子牧師

14御霊はわたしに栄光を得させるであろう。わたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるからである。 
15父がお持ちになっているものはみな、わたしのものである。御霊はわたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるのだと、わたしが言ったのは、そのためである。
16しばらくすれば、あなたがたはもうわたしを見なくなる。しかし、またしばらくすれば、わたしに会えるであろう」 口語訳

岐阜キリシタン小史(65)江南・前野家屋敷跡とキリシタン一族の痕跡

 愛知県江南市前野町に「前野家屋敷跡」がある。ここは、戦国時代に木曽川の川並衆として活動した前野将右衛門長康一族の屋敷跡である。
 カトリック名古屋教区の『美濃・尾張キリシタン巡礼マップ』 (カトリック名古屋教区宣教司牧評議会殉教者顕彰委員会編 2022年2月)には、次のように記されている。
(『美濃・尾張キリシタン巡礼マップ』は、カトリック名古屋教区のHP内の「資料室」から無料ダウンロードできる)

豊臣秀吉に仕えた前野将右衛門一族の屋敷跡。前野将右衛門はキリシタンと伝えられ、遠藤周作が彼をモデルに小説を書いたことがある。また、戦国時代の一族の物語『武功夜話』を筆記した吉田(前野)千代もキリシタンであり、1667(寛文7)年10月12日、夫と姉妹2人と共に名古屋の千本松原(現在の栄国寺付近)で処刑された。
前野家屋敷跡(江南市前野町)
“岐阜キリシタン小史(65)江南・前野家屋敷跡とキリシタン一族の痕跡” の続きを読む

岐阜キリシタン小史(64)可児塩・犬山五郎丸のキリシタン摘発と濃尾崩れ

 岐阜県可児市帷子から愛知県犬山市五郎丸へと続く国道41号線沿いは、江戸期に多くの潜伏キリシタンが暮らした地域である。木曽川左岸の段丘と浅い谷が重なり合う地形に広がり、段丘が幾層にも折れ重なり、その間を可児川や小河川が浅い谷を刻むことで、谷ごとに生活圏が分かれ、江戸期には小規模な集落が段丘の縁や谷底に点在していた。深い山間部ではないものの、視界が折れ曲がるような起伏が続き、外部からの目が届きにくい土地柄である。

“岐阜キリシタン小史(64)可児塩・犬山五郎丸のキリシタン摘発と濃尾崩れ” の続きを読む