クリスマス礼拝メッセージ「クリスマスのしるし」2025/12/21

聖書箇所:ルカの福音書2章1-7節
鴨下直樹牧師

ルカの福音書2章1-7節 「クリスマスのしるし」

2025.12.21

笠松キリスト教会 クリスマス礼拝

 いよいよクリスマスを迎えます。今週はアドヴェント第四主日です。今週の24日にクリスマスのお祝いのために、夜もイブ礼拝を行う予定にしています。また、今日の午後はクリスマスの祝会を行うことにしています。クリスマスは、主イエスがお生まれになられたことを、共にお祝いする嬉しい時です。この時に、私たちは互いに「クリスマスおめでとう!」と声をかけあいます。共に、主イエスが私たちのために生まれて下さった喜びをお祝いしたいのです。

 ところが、今日の個所はルカの福音書の2章1節から7節までのところですけれども、ここに書かれている出来事はクリスマスの物語の一部ですが、このところからはあまりクリスマスの嬉しい記事を見つけることはできません。書かれているのは当時のローマ皇帝の命令によって住民登録をするようにという勅令が出たこと、そして、その命令に従って人々はそれぞれ自分の生まれた町に戻りまして住民登録をする旅をしなければならなかったこと。そして、その中で、マリアとヨセフという夫婦も命令に従いながらベツレヘムという町まで来たけれども、その旅先で子供が生まれたという出来事が淡々と記されています。

こうして旅先でマリアは子どもを産んだのですが、宿屋には場所がなかったのでしょうか生まれたばかりの赤ちゃんを、家畜の餌を入れる飼い葉おけに寝かせたと記されています。 物語としてはとてもドラマチックですけれども、現実的に考えてみますととても厳しい出来事がしるされていると言えます。

 この福音書を記したルカは医者をしていた人物です。ですから、あまりいい加減な記録ではなくて、できるだけ厳密にこの主イエスの出来事を書こうとして、この福音書を書いたとされています。そのルカがここで書いているのは、ローマ皇帝の命令の支配下にあった、一組の夫婦の出来事です。大きな力を持っていたわけではない一組の夫婦、しかも、妻は出産まじかだったのです。その身重の妻を連れて、ベツレヘムまで旅をしなければならなかったのです。

 どのくらいの距離だろうと思って調べてみるとガリラヤのナザレからユダヤのベルレヘムまで、正確に何キロかは分かりませんけれども、地図でみると直線でも約100キロあります。約100キロというと笠松からだと、北に行くと高山くらい、南東に行くと豊橋くらい、西に行くと琵琶湖の先端の大津とか、だいたいそのくらいの距離が100キロという距離です。徒歩で行くことがほとんどですが、妊婦をつれてですからおそらくろばに揺られながら来たのだろうと考えられます。この当時、平均的にはだいたい4日間くらいの日程だっただろうと考えられているようです。

 過酷な旅であったに違いありません。一日25キロ進めたかも定かではありません。普通であれば、もう数日後に生まれそうな妊婦を連れて行かないだろうと思うのです。いくら相手がローマ帝国であろうと、子どもが生まれそうなので、妻は連れてこられませんでしたといえば事情は呑み込めただろうにと思うのです。けれども、ヨセフは連れて行った。なぜか、一つは記事がめちゃくちゃだからということも考えられますが、そうでないとすれば、妊婦だろうが行かなければならないというほどの拘束力をもった命令であったということになります。今お腹に赤ちゃんのいる方にしてみれば、それだけでもう気分が悪くなってしまうような話です。

 ここに出て来ているマリアとヨセフの二人の夫婦はそのくらい小さな存在であったということを、ルカは書こうとしているわけです。あえてこういう言い方をすることがゆるされるとすれば、「普通の人」だったということなのです。しかも、子どもが生まれそうな時に、部屋にも入れてもらえないくらいの状況がそこにはあったのです。

 この箇所には4節で「ヨセフもダビデの家に属し、その血筋でもあったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った」とあります。ということは、ヨセフはイスラエル人の誇りでもあるダビデ王の末裔だということです。日本でも、徳川家の末裔といえば、今でもそれなりの名家だと思うのです。ところが、このダビデの末裔はというと、誰からも見向きもされないほど落ちぶれてしまっているわけです。

 今日の7節の終わりにこう記されています。「宿屋には彼らのいる場所はなかったからである」。短く伝えられているこの聖書の言葉には、人の想像力の余地が沢山残っています。多くの画家たちがキリストの誕生を描いてきました。

一枚の絵をご紹介したいと思います。この絵は、グリューネヴァルトの描いたイーゼンハイムの祭壇画です。この絵は、フランスのコールマールという町にあります。このイーゼンハイムの祭壇画に記されたキリストの降誕の絵は非常に想像力豊かな絵です。マリアの胸元にいだかれるキリストが中央の絵の右半分に描かれています。背景には町の様子が描かれています。ところが、その残り半分の左側にグルューネヴァルトは、まるで王宮であるかのような華麗な屋敷で天使たちがオーケストラのように楽器を奏でながらその誕生の喜びをほめたたえている絵を描きました。ひょっとするとこのルカの福音書の後半に出てきます、野原で夜番をしていた羊飼いたちに天使たちが現れまして「天には栄光、地に平和」と賛美したその賛美をこの絵のなかで表現しようとしているのかもしれません。このグリューネヴァルトの想像はとても豊かです。このお方は本当ならば天においては高らかにほめたたえられるべきお方だと言っているかのようです。

 クリスマスにお生まれになられた御子キリストは、天においては高らかに讃えられるお方です。王宮に生まれて、オーケストラの奏でる音で夜おやすみについてもゆるされるようなお方、そのお方が、神の御子です。


しかし、ルカは伝えているのです。「宿屋には彼らのいる場所はなかった」と。一般的に考えても妊婦が長旅をして、間もなく子どもが生まれそうだというような状況であれば誰か親切な人が気付いて場所をつくったでしょう。まして、神の御子がお生まれになるのです。神の御子が、あろうことか、その自分の身分をかなぐり捨てて人となられた。この神のへりくだった姿が記されているところで、当の人間の世界ではそれどころではなかった。今は忙しくてそれどころではないのですよ、神様だろうが、王様だろうが、そんななりふり構ってなどいられない。「今は住民登録で忙しいのだから」と誰も気に掛けることもなく、人知れず神の御子が飼い葉おけに寝かせられている。これが、クリスマスの当時に起こった出来事だったのです。この絵のような美しい出来事ではなかったのです。

 けれども、これこそがクリスマスのしるしです。飼い葉おけに寝かされている神の御子キリスト、これこそが福音なのです。ここに、神のなりふり構わぬ愛の姿があるのです。なぜ、世界中でこのクリスマスは愛されているのでしょうか。意味の分からない人であったとしても、クリスマスには何かが起こるという小さな期待を持っています。それは、サンタクロースがプレゼントを運んでくるからなのでしょうか。もちろん、そこにもこのクリスマスの福音の一部が繁栄されています。クリスマスは美味しいケーキが食べられるからでしょうか。クリスマスは街中の飾りが華やかになるからでしょうか。  聖書の知らせ、飼い葉おけの赤ちゃんというそのクリスマスのしるしは、誰一人としてこのクリスマスを祝う資格がないとは言わないのです。家畜小屋に入るのに誰も入場制限をしないのと同じように、飼い葉おけに寝かされたキリストは、誰でも、どんな人でも受け入れられるのです。クリスマスにお生まれになられた神の御子キリストは、普通の人として、いや、普通よりも貧しく、誰も拒まないお方としてこの世界にお生まれになられたのです。これこそが、クリスマスのしるしなのです。

 

ベツレヘムの人口調査 : ブリューゲル

もう一枚の絵を紹介したいと思います。これはオランダの画家ピーテル・ブリューゲルの描いた「ベツレヘムの人口調査」という絵です。このブリューゲルの描いた絵は、よく見ないとどこにマリアとヨセフが描かれているのか分からないほど、その時の人々の中に溶け込んでいる旅するマリアとヨセフを描きました。きっと、当時のベツレヘムではそうであったに違いないという思いがこの絵から伝わってきます。ブリューゲルの絵はいつもそうですけれども、どこかにいそうな町の誰かの姿が描かれています。まるで、自分の町ででもあるかのような素朴さがあります。実際、ブリューゲルの生きた町であるネーデルランド、今のベルギーですが、この自分の町を背景にこの出来事を描いています。

 あなたの傍らで、あなたの生活しているその町に、神の御子はうまれてくださった。そのお方は、今、家畜小屋の飼い葉おけに寝ておられる。「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」。

 このお方は、天において全てのものを持っておられました。そのお方が、私たちの傍らで生まれてくださったのです。それは、あなたに、わたしたちに心から祝ってもらいたいからです。ですから、私たちはこのクリスマスを心から喜んだら良いのです。心から、このクリスマスを楽しんだらいいのです。神の御子が、天のみ救いを携えて、私たちのところにきてくださったのですから。

 お祈りをいたしましょう。