岐阜キリシタン小史(53)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑬―

織田信長に最も信頼された宣教師・オルガンティノ(2)

 1582(天正10)年6月21日(旧暦6月2日)、オルガンティノは日本史上の大事件である「本能寺の変」を、至近距離で目撃することとなった。当日払暁、京都の南蛮寺にいた彼は、激しい銃声と本能寺方面から立ち上る激しい炎に驚き、寺の屋根からその様子を凝視した。当初は信長による軍事訓練かとも考えたが、やがて明智光秀の謀反であることを知る。彼は報告書(オルガンティノが1582年に書いた『1582年度日本年報』または、同年のイエズス会総長宛の報告書)に記されている。この中で、信長が敵の手にかかって辱めを受けることを拒み、自ら火を放って最期を遂げた様子を記している。また、二条新御所にいた嫡男信忠についても、父の危急を知りながらももはや救援不可能と悟り、奮戦の末に自害した経過を詳述した。この未曾有の事態に際し、オルガンティノは死を覚悟して祈りを捧げつつ、変後の混乱に包まれた京都の情勢を克明に記録したのである。(この記録はのちにフロイスの『日本史』に取り込まれた。)

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岐阜キリシタン小史(52)―岐阜を訪れたイエズス会宣教師⑫―

織田信長に最も信頼された宣教師・オルガンティノ(1)

 岐阜を訪れたイエズス会宣教師としてフロイス、カブラルを、そして修道士としてロレンソについて、記してきた。今回から数回にわたり、四人目の人物であるオルガンティノのことを書いてみたい。
 グネッキ・ソルディ・オルガンティノは、16世紀後半の日本において、織田信長という戦国の風雲児の信頼を勝ち取った稀有な人物である。1533(天文2)年、北イタリアのカストという町で生を受けた彼は、1570(元亀元)年にイエズス会宣教師として日本に渡り、長崎に上陸した。その後、畿内布教の機会を得て、当時の政治的中枢であった岐阜へと赴き、織田信長との謁見を果たす。1570年6月、フロイスがロレンソ了斎らとともに岐阜へ赴く際にオルガンティノが同行した形だ。この出会いこそが、彼自身の運命のみならず、日本におけるキリスト教布教の行方を大きく左右する転機となっていく。

カストの街並み カストはミラノの東、約90㎞。古代より製鉄を営んだ村であり、
中世のカストは鍛冶で広く知られた。
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主日礼拝メッセージ「すべてを新しくする主に期待する一年」2026/01/11

聖書箇所:ヨハネの黙示録章21章5節
鴨下直樹牧師

 新しい年を迎えました。今年のローズンゲンによる年間聖句は、ヨハネの黙示録の21章5節のみことばです。
 5節全体を読んでみます。
 「すると、御座に座っておられる方が言われた。『見よ、わたしはすべてを新しくする。』また言われた。『書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。』」

 主は、語られます。「見よ、わたしはすべてを新しくする!」と。新年を迎えて、こうしてみなさんと共に礼拝をお捧げすることができることをとても嬉しく思います。
みなさんは、新しい年を迎えた時に、「今年の目標」とか「新年の抱負」といったようなものを考えられたでしょうか?

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